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■タイ王国-1988
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■マレー半島は南北に長い。クアラルンプールはマレーシアの中間西側に位置し、マレー半島の中間から南がその国土となり、北半分はタイ王国である。タイの首都バンコクはマレー半島の付け根にあり、それはやはりタイ王国を南北に割った中間にある。…何が言いたいかというとシンガポールを出て何とかクアラルンプールにたどり着いても、そこからバンコクまではさらに長い道のりがあるということだ。…ほとんど人と話すことなく1ヶ月ほどマレー半島をさまよい何とかバンコクにたどり着く。パッポン通りに行けば英語圏のバックパッカーがたくさんいるはずで、そこに着いたら僕は誰かを捕まえて朝まで喋りまくるつもりでいた。
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■バンコクはバックパッカー天国だ。パッポン通りは日本のガイドブックでは
危ない所みたいに書かれることもあるが、僕はここで3週間近く過ごした。
(貧乏そうなので狙われなかっただけかも知れないけど…)タイの宿はだい
たい1Fレストラン2F宿と言った感じで、レストランには必ずテレビが置
かれまるで映画を見るかのように常に人が集まってテレビに見入っていた。
映画館にも行ったが、予告が済んで本編が始まる直前にみんな起立してスクリー
ンに映しだされる国王に敬意を表する。みんながいきなり立ったので何が起こるのか
困惑しているとそういうことだった。…やはり王国なのだ。
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■バンコクでは結構観光を楽しめた。
お寺や史跡が街のあちらこちらにある。トゥクトゥクと呼ばれる
小型タクシーに行き先を告げ値段交渉をして移動した。…ちょっとびっくりした事がある。お寺の前を
通る時、みんな合掌をしていくのだが、車を運転している人もそれをやる。ただでさえバンコクの交通
マナーはよくないのによくこれで事故が起きないものだと感心すらした。
…タイの後はインドにいこうと思っていたが飛行機だと金銭的に無理があり、また陸路は旧ビルマの政情不安
があり陸路全般閉鎖の様な状態になっていたため結局断念することになった。結果的にタイにはノンビザで許される
ぎりぎりまで引っぱって滞在した。
…この時点で僕の旅は約4年に届こうとしていた。オーストラリアを出る段階では、バリ島でビザを取得して再びオーストラリアに
戻るつもりでいたので、陸路を使ってタイまできてしまった今、そこからどこか稼げる都市へ飛んで生活を立て直す
のも難しいように思えた。もっとも近いオーストラリアに入国するためのビザの取得にはすでに何度か失敗しているのだ。
タイで稼ぐのも難しそうだし、この物価だと旅費がたまるまでに何年かかるかわからない。
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■…バリでの仕事を決めてオーストラリアをたち、その仕事が流れ、戻るビザも取れず、金が尽きそうになったとき、
気が付けばタイにいる…。
タイで自分の行く先を見つめたとき、もうヒッピーは終わりだなと潮時を感じたのかもしれない。サーファーズ・パラダイス
以外に腰を落ち着ける気持ちが無かったのかもしれない。…気が付けば僕は超格安チケットを入手してガルーダ・エアライン
の飛行機に乗って日本に向かっていた…。
■僕のお薦めサイト
Tourism Authority of Thailand
タイ王国観光協会のサイト。英語版なので読めない人は写真を楽しむか、
感覚で情報収集して下さい。どうせ現地では日本語は通じないのですからがんばって。
【旅行関連サイト】 ★
格安航空券予約サイト スカイチケット

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