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■沖縄・本島-1988.11.18〜
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■この島は…。思いで深いなんてモノではない…。もしかしたら俺の全てをこの島は知っている。…恋愛を初めてした島。(それまでは恋愛とは言えないと知っている) …初めて就職をし、本当の意味で男として一生を見据えてやっていく仕事を教えてくれた。…結婚もした。…子ももうけた。…離婚もした。…人としての"愛"に気づかせてくれた。
…俺が何者なのかはまだわからない。…もしかしたらずっと解からないかもしれない。
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■じじ、ばばとの関わり、子供との関わりが僕の人生にはほとんどなかった…。親父が一人で俺を大きくしてくれたようなもので、親父も再婚はしたが、僕と義母の関わりの始まりはあまりいいものではなかった。いい年になって友達のようないい意味での親近感は生まれたが、その辺が祟って僕は実子をもうけるまで、親近の感を親父にしか持てなかった。
俺が泣けるのは親父が死んだ時と、息子に何かあった時と、今僕に本当に安心を与えてくれている女性に何かあった時だけかもしれない…。
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■"沖縄"は僕にとって大きな父になっている。
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■テンションは変わるが、この島へ来るきっかけは、僕の自衛隊時代の先輩で、オーストラリア時代にお世話になった人の数回に渡るくどきがそれだった。"コパトーンの匂いに誘われて…"というフレーズに、僕は送られてきたチケットを使うことに決めた。…ちょうどタイでヒッピー生活に決別し、神奈川でボーっと過ごし半年経った頃だった。…時によって、年齢によって、怠惰な生活が悪いとは思わないが、僕のタイムリミットは半年がいっぱいいっぱいだった。
働き出したかったのだ…。
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■始めにやったのは先輩の経営する喫茶店の深夜勤務。世の中にこんなギャンブル経営があり、それに嵌まる人々の表情が見られたのが収穫だった。怖い世界でもあった。"金"…それも数十万、数万の小金のために人生の一時を狂わせる人たちがいる。"怒り"…自分の身から出た錆のようなもどかしさを"日本刀"に現し、僕たちの前に表現した人もいた。…"ヤバイ"と思った。
そんな喫茶店時代も半年とちょっとで終わり、次は訪問販売の電話屋の仕事を始めた。
…たったの一月。それも契約一回、完工0という一円も会社に儲けさせないまま終わった仕事だった。
そして前から興味のあった出版社という名のベンチャー零細企業に勤めることになる。
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■ベンチャー企業というのは面白い。基本的に自分自身仕事に嵌まる方だが、この仕事は数々の悪条件の中、
それを差し引いてもめちゃくちゃに嵌まった。…また、僕が嵌まると同じ速度でこの会社も急成長をした。
…それが僕の社会性の成長にも直接繋がった。…営業、デザイン、カメラ、企画、企業内起業、部署経営、コンピューター、
翻訳、インターネット、データベース、広告、CM制作、SP、CI、開発、IT…。…この会社が初年度20倍成長を成し遂げ、
その後、更に5倍に成長する10年の過程で直接的に僕が手がけた仕事だ。(ちなみにマルチ(ねずみ講)にも手を着けた。
…結構長い間…。ハハハ)
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