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■イギリス-1986
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■イギリスでの暮らしは些細なトラブルはあれこれと起こったが
比較的落ち着いたものだった。僕達はあいた時間を郊外に出かけたり
ロンドン市内を観光したりして過ごした。ロンドンではバーが朝の10:00
から開いていて昼過ぎに閉まる。そしてまた夜に開店するのだが、
やる事のない日は朝からバーに出かけ(といっても歩いて1分足らず
のとこにあり玄関から見えたのだけれど)ビールを飲みながら読書を
したり、ビリヤードの8ボールに興じたりした。
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■8ボールといえば、その賭けの方法に『キラー』というのが
ある。1〜8までのボールを賭けたメンバーで交互に落としていき
はずした奴抜けで、最後まで残った人が掛け金を全て回収できる
というルールのものだ。前に書いたように僕のシェアメイトは
ちょっと世間ズレした奴等ばかりで、基本的に日雇人夫ばかりだった
ため、ちょっと天気が悪かったり気分が優れないと仕事をせずに
バーに溜まっていた。気はいいのだけれど酒がはいるとちょっとしたことで
もめる。荒れる。壊す。…このゲームは彼等から教わったのだが、
そのバーのビリヤード台はこのゲームと連中の気性のおかげで
週に2回は倒されていた。
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■僕の暮らしたエンプティ・ハウスはWood greenという町にあった。
そこでの暮らしで一つ忘れ得ない事件がある。
ある日僕が寝ていると玄関を激しくたたく音がしたので僕は誰か来たのかな
と思いベットから抜けだし1階に降りようとした。すると目下の玄関の
内ドアが手前にふっとぶ形で倒され4人くらいの男達が駆けこんできた。
そして階段の上で呆然と立ち尽くす僕に気付き、その階段を駈け上がり
僕の襟首をつかみ壁に押し付け『Where are they?』とがなる。
…全くなにが起きて誰を探しているのかチンプンカンプンだった。
二日酔いというのもあったが、呆然としながら僕が答えようとしたときには
僕の右目をナイフが滑っていた。
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■その後床にうっぷした僕は散々背中や尻を蹴られ、棒のようなもので
殴られ気を失った。30分も経ってからだろうか…。意識を取り戻して
洗面所に向かい鏡を見たら右目から下がシャツまで赤く染まっていた。
…恥ずかしながら僕はそれを見てまた失神していた。
次に意識を取り戻したのはC.H.に起こされたときだった。
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■その日僕はC.H.の言う通り病院に行き治療をしてもらった。
救急車は使わなかった。顔にバンダナを巻き、電車に乗った。
幸い傷は眼球のした5mmくらいのところだったため失明はしなかった。
麻酔なしで11針縫っただけだった。病院のあと仕事にも行った。
…この事は僕達がこの住みかを離れる直接の原因にもなった。当の本人
である僕はあまり事態を重く考えなかったが、C.H.は非常に激怒していた。
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■C.H.からすれば僕を空港であずかった責任感もあっただろうし、
またこんなことが起きたらいつか死人がでてしまうという危機感
もあったと思う。…そして何より彼の思惑では、家を襲った連中の動機は
僕達のシェアメイトが町で起こした喧嘩の仕返しだったと考えたからだった。
…いずれにせよ僕は右目を失わずにすみ、僕達はその宿を引き払った。
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